ドイツ留学のトラウマ…海外に行くのが怖くなった理由①【入院&手術】

ドイツ留学
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みけ
みけ

ドイツ留学中にできたトラウマ…!?ねここさんに一体何が…。

ねここ
ねここ

そうなんだよ。ドイツ留学では本当にたくさんの素敵な思い出もあるんだけど、トラウマもあってね…

こんにちは、ねここ(@nekohuman1)です。

最近はドイツ留学中の素晴らしい思い出について書いていました。
でもそれだけではないんです…1年間海外にいるといろんなことが起きるわけで…。

留学中に出会った世界中の友人はドイツに残って仕事をしている人もいます。
「ねここもドイツにおいでよ」と声をかけてくれたりもしたのですが、留学中の本当に辛かった経験が頭をよぎって動けませんでした。

ドイツ留学中に本当に辛かった経験は2つあるのですが、今回はその2つのうちの1つ(軽い理由のほう)を記事にしたいと思います。

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身体の調子がおかしいことに気づく

留学して半年が経った頃のこと。1月でした。

ちょうどそのときは冬休み期間で、冬休みが終わったら試験がありました。
なので、勉強しながら、遊んでいましたね。

その冬休み期間に、「なんか体調がよくない気がする」という日が3日ほど続きました。
友人にも「なんか体調がよくない」と話していて、遊びを断ったりしていましたが、「留学の疲れが出たのかな」くらいに思っていました。

友人からは「病院行ったら?」と言われたりもしていたのですが、
「病院行っても病院の用語のドイツ語はさすがにわからないしなぁ」と思い、とりあえず様子を見つつ、ゆっくり休んでいました。

病院へ駆け込む

数日後「なんか体調がよくない」から「本当に体調が悪い」に変わりました。

高熱が出て、意識朦朧…
身体全体がビリビリして痛いという症状が私を襲いました。

病院は私の通学路の途中(私はバス通学していました)にあることは知っていましたが、この絶不調でドイツ語話すのは無理と思った私はドイツにいる日本人の病院を検索しました。
メールで連絡してみたら、すぐに返信がありました。

日本人のいる病院は私の家から電車で5時間かかるところだったので、
「5時間も電車に乗れる状態ですか?無理なさらず家の近所の病院に行ってください」と言われました。

「そりゃそうだ…」と思いながら、先生の言葉に押されて病院に行く決意ができました。

日本人のお医者さんにアドバイスをもらい、とりあえず大金と学生証、ビザ、保険の書類を持って、どうにかして病院に向かいました。

診察

病院に着いたはいいものの、ドイツの病院のシステムを知りませんでした。

とにかく体調が悪かったので、とりあえず椅子に座って、入り口から入ってきた人を観察し、まねすることにしました。
入ってきた人はドアについている番号の紙をとっていたので、わたしもとってみました。

そうすると、番号が呼ばれて私は中に入りました。

中に入ると、ブースのような場所に通されて、女性が私の前に座っていました。
「座ってください」と言われて座ると、
ドイツ語でいろいろ聞かれましたが、何を言っているのかわかりませんでした。
理解してもドイツ語で伝えられないこともありました。なので、コミュニケーションはほぼ成り立っていませんでしたね。笑
その後英語でも話しかけられましたが、当時英語はまったくわからなかったので、もっとわかりませんでした。

答えられた質問は2つだけでした。
・予約はしていますか?→いいえ
・緊急ですか?→はい

彼女はお医者さんに電話をして、「本当にドイツ語も英語もわからないから私もわからないんだけど~…」みたいな感じでとにかく受け付けてくれました。

それで待合室のようなところに通され、あまりにも体調が悪いことが伝わったのか、見知らぬドイツ人に席を譲ってもらいました。

そしてお医者さんが廊下に出てきて、私の名前を呼び、廊下で握手を交わし、名前を伝え、一緒に診察室に入りました。
体調が本当に悪くて、あまり覚えていないのですが、検査と診察を終えて、
お医者さんにいろいろ言われましたが、「手術」「今」という単語だけ聞き取れました。

ということで病名はわかりませんでしたが、病室に移動し、入院することになりました。

緊急入院

病室に案内され、着替えて寝ているように言われました。
部屋は相部屋で4つのベットスペースがあり、わたしは入り口から入ってすぐ左のベッドでした。
窓際の2つは誰もいないベットだったのですが、わたしの真向かいはベッド自体がありませんでした。そこの何もないスペースで男性が一人、落ち着かない様子でうろうろしていました。

私は看護師さんから病院の服に着替えるように言われ、部屋にいた男性は気を使って一度部屋の外に出てくれました。

17時。どうにか着替えが終わり、ベッドで横になりました。

お医者さんが来て、紙を渡してきて、これにサインするように言いました。
読んでみようとしましたが、読めない…。とにかく「死んでも責任はとれない」といったようなことが書いてあるんだろうと予想し、サインしました。
自分の名前を書くだけなのにあれだけ手が震えたのは初めてでした。

身体も痛いのと、頭も痛いのに加えて、「私死ぬんじゃ…」ということが頭の中をぐるぐるしていて、
全く眠れませんでした。
あまりの恐怖で身体全体もガタガタ震えていました。

そんなときドアが開きました。
何かなと思ってメガネをかけ見てみると、空いていたスペースにベッドが戻ってきました。私と同い年くらいの女性がベッドでかなり苦しそうにしていました。
病室で待っていた男性が彼女の名前を呼んで髪を撫でて、無事手術が終わったことを安心して涙を流していました。

少し経っても、その女性はかなり体調が悪そうで、たまに戻したりもしているくらいでした。
明らかに体調が悪そうなのに、突然私に話しかけてきました。
「体調悪そうね、大丈夫?」
体調が悪そうな私を見て、誰も付き添いがいないから心配してくれたんだと思います。

「あはは…そうだね、でも君も体調悪そうに見えるよ」と答えました。

「あはは、そうよね!私は今日突然体調が悪くなって今日突然手術をすることになって手術をしたのよ」

「そうなの?私も同じで、今日本当に体調が悪くなって病名はわからないけど、手術することになったんだ」

「え…なんで病名わからないの?お医者さんは説明してくれなかった?」

「私は留学生で、あんまりドイツ語わからないんだ」

「あら、そうなの!気づかなかったわ。私はカレンよ。で、彼は私の婚約者のダニエル。あなたは?どこから来たの?」

「私はねここ。日本だよ。」

「そう…じゃあ家族や友達には言ってないの?」

「うん、言う時間もなかったね。日本の家族に今から言っても心配かけるだけだしね」

「そう…ねここは優しくて強いのね。でもねここ、大丈夫よ、私も手術怖かったけど、手術中は寝ているだけだったから。」
「何か困っていることとかあれば僕にいってね」とダニエルが言ってくれました。

その後は話さずに、二人とも横になってゆっくりしていました。
ダニエルが彼女と私の方と行ったり来たりしてくれました。

手術

私はその後も眠れずにいました。かといって涙も出ない、緊張状態にいました。
両親や友人、故郷、留学中に出会った友達、そういった大事なひとたちから単純に道で出会った名前も知らない人たち…今までに起きたことで覚えていることを全部思い出していました。私の人生はここで終わってしまうのか、私は何か与えることはできただろうか、私は自分の人生満足したかな、誰も何も聞かされていないまま私がここで死んだらみんなどう思うかな…

ここで死ぬのはダメだよ…まだ何もしていないじゃない…!
大丈夫…大丈夫…私は大丈夫…!

そういったことをずっと考えていました。

病室に案内されてから8時間が経っていて、朝の1時。
ようやく看護師さんが私のもとにきて、「移動するよ」と言いました。

私はそのときメガネをかけていなかったので、何も見えませんでしたが、
看護師さんたちが私をベッドごと移動していって、部屋から出るとき、カレンがこっちを見ているような気がしました。
そして、「ねここ!あなたは寝ているだけでいいんだからね!」と言ってくれました。

そのあと手術用の超細いベッドに移動し、ベルトを締めてもらい、エレベーターに乗ったとき、
緊張と不安で身体がガタガタ揺れました。周りから見たら多分下手な演技に見えたでしょうね。
ベルトがなかったら確実に落ちていたくらいガタンガタン揺れて、自分でも制御ができませんでした。

手術室に着き、紺色の手術着をした5人に囲まれ、いろんな物を装着していきました。
一人が私の顔を覗き込んで、人差し指で頭を指し、何か伝えたそうにしていました。
「え、わからない、なんだろう?」と思った瞬間、ガーン!と頭が熱くなり、「麻酔か!」と思った瞬間眠りました。

手術後から退院まで

目が覚めたとき、ベッドの中にいました。
部屋は真っ暗でしたが、よく見ると来たことのない部屋でした。
手術室に行ったことまでは覚えていて、その後のことを覚えていないので、何がどうなっているのかわかりませんでした。
手術は成功したのか?そもそも本当に手術をしたのか…?

いろんな不安や恐怖で、息がうまくできなくなってきたところで、ちょうど看護師さんが来てくれました。
そしてカレンのいる部屋に移動してくれました。

カレンは眠っていたけれど、ダニエルは起きていました。
私は手術が終わって取り乱していたので、ダニエルが「ねここ!僕らは大丈夫だから気にせず電話してもいいからね」と言ってくれました。

時計を見ると朝の4時でした。
留学中に毎日会っている友人に電話してみましたが、出ない。
でも電話をかけたことでだいぶ冷静になってきて、その後は疲れていたのか、寝ました。

朝起きたら朝食が用意されていて、「へぇ、これがドイツの病院食か、貴重な経験だなぁ」と少しポジティブになっていました。
その後お医者さんと面談があり、どういう手術をしたのか、これからどういう治療をするのかを聞きました。
病名は今は伏せておこうと思いますが、とりあえずがんではないことだけわかって安心しました。

退院するとき、カレンは気持ちよさそうにぐっすり寝ていました。
ちょっと寂しかったけれどお別れの言葉が言えなさそうだったので、手紙を書いて、看護師さんに渡しました。

そのあとは友人に来てもらい、一緒に薬局に行き、自分の家に戻りました。

退院から2週間

2週間ほどひきこもりになり、泣きましたね。
退院してからのほうがストレスがやばかったです。

正直、日本に帰りたい気持ちでいっぱいでした。
身体はまだ痛かったけど、それ以上に精神的にきつくて、もう留学どころではなくなっていました。

試験期間に突入していましたが、授業をとっている先生全員にメールで連絡を入れると、今はゆっくり休むよう連絡をくれました。体調がよくなったらまた連絡をちょうだいとのこと。

部屋でずっと一人でベッドに横たわり、「花は咲く」と「Story/AI」をYOUTUBEでずっと流して、小さい声で歌いながら涙を流していました。

2週間たつとだいぶ身体の痛みがなくなってきて、少し回復しました。
そんなときに病院から20万円の請求書が届きました。
保険に入っていたのであとから全額支給してもらえたのですが、まずは支払わなければいけなかったのでさすがに両親に連絡することにしました。

母はびっくりしていましたね。なんともなくてよかったと、お金はいいのよと言ってくれました。

2週間たって少し回復していたこともあって、結構普通に話せましたし、母に話せて、留学を楽しむよう言われたことで、気持ちを入れ替えることができました。
まだ薬での治療はしていましたが、その日以降また学校に行けるようになりました。

最後に

今回はドイツ留学中に辛かったこと、海外で生活するのが怖くなってしまった経験を書きました。

本当に自分でも信じられませんが、事実なんですよね。
私の人生の中でもトップ5に入るほどの衝撃的な出来事でした。

一年間の留学が終わって帰国したら、半年後に再発して、また再手術しました。
2回目は日本での手術だったので全然違いましたね。
病名がわかっていたことや2回目ということも大きいとは思いますが、やっぱり日本語で全部わかるってすごく安心できました。家族や友人も近くにいますしね…。

ただ、ドイツは医療が進んでいますし、外国人留学生に対しても、わたしのようにあまり話せなくてもちゃんと手術してくれました。本当に感謝しています。

あの日初めて会ったカレンが私の名前を呼んで、大丈夫と言ってくれたことが本当に嬉しかったです…。わたしも体調悪くて外国語で文章を考えるのは難しかったけど、体調が悪い中でぽつぽつと単語を出すコミュニケーションだったから、120%彼女が言っていることを理解できたし、そういう感じで会話ができました。
カレンがいなかったら本当にただの辛い思い出だっただろうなって思います。
本当に感謝しています。

今日は少し重い話になってしまいましたね。
今は元気ですので、心配しないでくださいね。

では、おやすみなさい。

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